6/27 2003








仏教教典にある「眼耳鼻舌身意」の「意」を除いた感覚が五感
 五感によって「意」が育つ
 そこで、昔から現代に至るまでの幼児期での情報伝達の手段を追ってみる

昔は眠る前にお話やら子守歌を聞かせて耳から入る情報で
「意」を膨らませて やがて自分で絵本を見、
本を読みながら学んでいった

一種類だけの利用だから「意」が広がった
テレビになると眼と耳の二種類の感覚を使う
テレビゲームになれば、眼、耳、身の三種類の感覚を使う

だから面白くて仕方ない

想像は不足分を補おうとして生まれ、やがて創造へと繋がる

翻ってみるに現代は五感の三種類を使い 見えるものは
バーチャルか現実か見間違う程である

果たして、この状況で「意」を膨らますことなどできるだろうか
面白くて楽しいものを与えてから 面倒なことをしろと言っても
手遅れである

五感を多用すればするほど 創造されたバーチャルの世界から
抜けだせなるなる 

やがてそれを実感するために実行してしまう
透明な人間は自己の存在を他を傷つける事により証明する