二十三、ゴミ







ゴミを減らす究極の方法は如何 ゴミを物質だとすれば、
物質が無ければ物質は存在しえない。

当たり前の話であるが、
この物質を無くすことが出来ればゴミの事など 考える事がナンセンスな事になる。

何故、人は物質を無くす事を考えないのであろうか?

ここを考えなくてはならない。

人類は昔より物質に頼った生き方しかできなかったのだろうか?

必要最小限な物は、木、石等を加工し、鉄が発見されれば 生活は便利になった。

昔の禅僧は、鉄の鉢一つで食事から洗面すべてをまかなっていた。

現代は包丁があるのに、線切り機やミキサー、用途によって 作られ、利用している。

台所の引き出しには、あらゆる※便利な機具が溢れている。
一本の包丁があれば、ほとんどの料理が作れると思うが
この考え方もフェミニスト達には
女性を無能と見なしていると見られるかもしれない。

生産も物質が必要だとすれば、消費(遊び)はどうであろうか。

私が幼いころは、傍を流れる川や川辺に遊び場を持っており、
夏は鮎を採ったリ、冬はカンカンに芋を入れ、河原で焼き芋をして遊んだ。
大人になっても、物を使っての遊びはとっくの昔に止めた。
釣り、ゴルフ、テニス、スキー、ありとあらゆる物が、
物やガソリン、電気を 使った遊びであるが、
ここにも大いなる疑問を抱かねばならない。

ゴミを減らす為には、物質を減らすしか無い。

物質を減らすには、物質を使わないようにしなければ、
決して減らせない。 減らせたとしても、

結局は地球の上にゴミの山を作るのに、
時間を少し延ばせる だけではないでしょうか。

私は遊びの為に仕事をしていない。生活の為にしているのであって、

もし遊びの為に仕事をし、金を儲けなければならなくなったならば、
金の必要な遊びは止める。


現に今も金のいらない遊びをしている。それは頭を使い、全てを創造する事である。

お釈迦様が、心経の中で不増不滅と、それは頭の中だけで遊べと言っているのである。