四、 7/16近頃の疑問点 2001

最近、新聞紙上を賑わせているのが靖国神社参拝と教科書問題。
靖国神社の問題は、憲法の政教分離とA級戦犯合祀が論じられている。
この政教分離で与野党(特に公明党、社民党)の論理を聞いていると、
どうも合点が行かない。
日本国の総理大臣が神道の社に参拝するのは政教分離の憲法に反する。
そう言われれば、成る程そうだと思う。
では、その論理で行くと、日本国首相が米国に行き、
戦没者の墓地であるアーリントン墓地で献花をするのは日本国憲法違反ではないのか?
アーリントン墓地が無宗教とは聞いた事がない。
裁判の折にも聖書に手を置き宣誓する国である。
ならば、日本国の首相が相手国(無宗教国は少ない)で参拝するのは憲法違反だ!
この事に関して、公明党、民主党、社民党、共産党、
そしてメディアが論じているのを聞いた事がない。
政教分離をいかに論破するか伺ってみたいものである。
もし、論破できるのであれば、その論説を借用すれば、
靖国神社参拝も何ら難しくない。
でも、何処に立脚した論陣を張るのか想像だに出来ない。
政教分離は可能なのか?
トルコも国民の90%以上がイスラム教で、
一応、政教分離はしているが現実は大変難しいようである。
ドイツでもキリスト教の党がある。
ほとんどの国は政教分離をしてはいない。
中東地域では一宗教が国を支配している所も有る。
一つしか認めないならば共産主義というイズムも主義
という名を借りた宗教と見れば
(実際、主席を神の如く崇め奉っている)理解しやすい。
改憲論も高まっているが、政教分離の不合理整を論じている人はいない。
政教不分離ならば、何処で参拝しようが問題ではない。
次に教科書問題である。
私とすれば、自虐史観に基づいた歴史教育は良くないと思っている。
例えば、次のように考えるのは間違っているだろうか?
僕の親父が強盗殺人事件を犯し、死刑になったとしよう!
我が家の子供達に「お前達のお祖父ちゃんは強盗殺人事件を起こして死刑になった」
我が家に起こった過去の事実だから、お前達は末代までも伝えなければいけない。
それを聞いた子供達は何を思うだろうか?
国と個人は違うと言うが、個の集合が国家である。
首相が変われば、すぐに外交に出掛ける。
もし、国と個人とが違うならば、継続しますと言えば首相が行く必要はない。
国民の大意が時々の首相を選んでいる。
だから、民意を伝えに行かなければならない。
歴史研究と教育は違う!
歴史の事実を研究し伝えて行くのが学者の仕事。
歴史教育とは、この国の将来を担う子供達に、
あなた方が生まれ、育った国は素晴らしい、と思えるようにする事である!
自虐史観を埋め込まれた子供達が、この国はどうなってもいいと思うのは当たり前!
現在、この国は、ろくなもんでもないと言っている人達は、
戦後教育をされた私と同世代。
我が家が、ろくでもない、と思って育った子供達は早晩破滅する。
国は個人が投影される。国を否定すれば家庭が崩壊し、いづれ国家も破滅する。
教科書問題で私の主張が長くなったが、別の視点で述べてみる。
少年法の時も、池田小学校事件の時も、
朝日新聞は冷静に事件を検証し、拙速な行動は慎むべきだ!との論調であった。
人権を主張する個人、マスメディアの常套句である。
私が不思議でたまらないのは、いつも自分達が言っている
「過剰な反応はするべきではない」と言っているのに、
教科書問題に関しては中国、韓国の過激な反応を過剰に報道している。
国民には今すぐ立ち上がって、拒絶せよと言っている!
冷静沈着な人権派の人達が、
たまたま対極になった人達の権利まで抹殺しようとしている。
実に恐ろしい。
人権派の人達は少数、弱者の権利をを守ると言いながら、
戦後初めて登場した一冊の教科書を抹殺しようとしている。
いつの間にか自分達が権力者になっている事に気がついているのか、いないのか?
やっぱ、いつも人間は勝つか負けるか戦ってるんだ(>_<)
不思議(^O^)/