二、  日本の美







「ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。
淀みに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、
久しくとどまりたる例なし。世中にある人と栖と、またかくのごとし」


鴨長明の「方丈記」の冒頭部分ですが、無常を言っているのでしょう。

小林秀雄氏の「無常という事」の著作を読むと、氏の無常も方丈記に繋がっているようだ。

釈尊も「無常」を言っているが、微妙に違っているように思える。
無常を感ずる背景が、陽光溢る地と深山幽谷の地では、念いが微妙に違うのではないか。

「平家物語」では「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり」
無常にこそ、美(余韻)があると語っている。

西洋のように不変の美を追究すのではなく、
盛者必滅の移り逝く無常に、美を感じたのが日本人だったのではないか!
日本の美は「時の移ろい」の中にこそある。


昨今の日本には、古えの移ろふ、飾らぬ、消ゆる[美]はなくなり、
虚飾に塗り固められた[綺麗]の言葉しかない。

人々の顔は権利の主張ばかりが見える。
古人が今の世の人をを見て一緒に栖みたいだろうか?
世中にある人と栖(すみか)と、またかくのごとし


と「方丈記」にはある。がこれが無常なのか